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 三つの懺悔
(前回44話を読んだパートナーが、三つの懺悔をする様に希望してます。
(懺悔 一つ 新婚旅行に連れてかなかった。懺悔 二つ 結婚指輪をくれなかった。
懺悔 三つ 無断で家を売ってしまった。)
前回に書きましたが、
私は極上の新婚旅行の代わりになったと、思っていますので一つ目はパスします

二つ目の結婚指輪をあげなかったのは、やはり前回書きましたが私の手持ち資金
全部だして、家を買い求めローンを組みましたので、お金がありませんでしたので
結婚式は挙げない積もりでした。二十五才前の私が、家を買ったのですから
そんな事は当然だと思ったのですが、他の人達はそうではありませんでした。

結婚式を行わないと云う事に、特に両親が反対してました。
私は、{公民館でも借りて、友人、知人だけで、会費制でパーテー形式で、
二人でダンスを踊ってデモストレーションをして、お披露目の代わりにしたかったのですが、
私の友人知人でダンス関係の人以外では、パーテイーで踊るのは難しいそうでしたので、
その案えは止めにしました、 ですから結婚式は、全て何もしないつもりでした}

所が私の両親から強烈なクレームが付きました。何としても普通に結婚式を挙げて欲しい。
式を挙げ無いなんて絶対に駄目と言うのです。
私の親「満州から引き揚げて来る時、命辛々、身一つになって、命懸けで
抱える様にして連れて帰ってきた子供が、結婚するのだから
生死を共にして、帰ってきた仲間や親類にも見せたい」
両親の気持ちも分からない訳では無いですが、訳知り顔で話す親戚や、親の友人の為に、
式など挙げたく有りませんし資金的余裕も有りません。

それに私は親戚内の間では、付き合いの悪い奇人変人扱いでしたから、在る時など偶々
私が家にいる時に、叔父夫婦が子供連れでやって来ました。私は二階の自分の部屋に居て
居間には、下りて行きませんでした。

私の部屋の戸が、そーと開きました。見ると叔父夫婦の子供です、目が合いました。
すぐに戸を閉める音がして同時に、階段を落ちる音がして子供の泣き声が聞こえました。
その時です、ピシャと叩くおとがして子供の泣き声が一段と大きくなりました。

叔母 「だから言ったでしょ、今日は変人が居るから上に行っちゃ駄目って分かったでしょ!」
子供を叱る叔母の声が聞こえました。 {私は、何もしてないって}・・・・・・
“普段子供に何を教えてるんだ?”

話を戻しましょう兎に角、私は何としても「そんな資金的余裕は無い」と言って、
返事をしませんでした。 私に痺れを切らした両親は、実力行使に出ました。

或る日の事です、母親がやって来ました。
母「式場も日取りも決めてきたからネ、“全部”家でやるからお前はチャンと座ってて!」
私「俺が遣らないと言ってるのに意味無いでしょ」「遣ると言ってるの、式は挙げます」
「ウン」と返事しない私に母は猛烈に怒ってかんかんです。

色々口実を言ってますが私の本心は、親類縁者を呼んで一緒の席に居るのが嫌なのです。
空々しい挨拶と話に付き合い、宴会なんて考えただけで腹が立って来ます。
パートナーが間に入って色々と気を使い取り成しますので、私も折れて式を挙げる事にしました。

結婚式の数日前、式次第の打ち合わせがあって、その時の“誓いの言葉”の時に
“指輪の交換”の話が出ました。 私は、“座っているだけ”のつもりでしたので
何の用意してませんでした。 所が、母が一言「指輪ぐらい無いの?」

それを聞いた途端、私は「もう式は、止め、キャンセルして!」元々挙げるつもりは無く
渋々我慢の同意です。一気に中止の方向へ Uーターンです。見かねて、パートナーの
義母さんが急遽 “指輪は私が当日までに、間に合わせるから予定道理に式を挙げて”と、
仲裁にはいったので、私は我を押し通せませんでした。

さて式の当日です、式は時間に成っても始まりませんでした。ギャグ映画の場面同様に
親族一同待ち構えているのに新郎新婦が登場しなかったのです。
式を挙げる事に同意の返事をしたのですから私は行かねば成りません。でも私は
、“気の進まない時間は出来るだけ短時間にしよう”と中々家を出ませんでした。

呼び出されて、式場に着いた時は大幅に時間は食い込んでいましたが
式は早々に始まり指輪の交換も義母の用意してくれた指輪で何とか済ませ、
披露宴も大幅に時間短縮(予定道理?)をして、御色直しもなしで無事終了しました。

両親達は実家へ、私達の友人とダンス関係の人はスタジオへ、其々流れ解散です。
スタジオに着いて私とパートナーは、ドレスと燕尾服に着替え、友人達に踊りを披露して、
本来やりたかった筈のダンス結婚式の気分を味わいました。

その後で、友人達が我が家へ押しかけて、二次会の宴会になり其の侭泊まり込み、
最後の友人が帰ったのは、数日後でした。 ですからパートナー曰く
、 “新婚旅行も行かなかったし、神聖な新婚初夜も無かった!
それに、結婚指輪も買ってくれなかった”
アノ指輪はあの時に嵌めただけです、あれ以後一度も見てません
(勿論パートナーも、嵌めてません)でも、こうして振り返ったみると確かに、若かった頃は、
親類縁者の言う様に “私は少し奇人変人?”